「新しいコンセプト」とは、ソニーオフィシャルサイトのDMP-Z1商品ページに登場するキャッチフレーズ「独立バッテリー電源システムや高品位なアナログオーディオ出力ラインなどを採用した、新しいコンセプトのデジタルミュージックプレーヤー」を引用したものですが、何が新しいコンセプトなのでしょうか。

新しいコンセプトとは?

オーディオにおいて新しいコンセプトというと、大きくは2つの考え方があると思います。
1つめは、音の発生原理や回路・デバイス設計などにおける技術的なコンセプト。スピーカーで例を挙げるなら、徹底的に振動を無くそうとボックスを金属で固く重く作ったスピーカーもあれば、逆に箱を楽器のように美しく鳴らそうと、ニカワで木を接着して作ったスピーカーもあります。これらはすべて作り手が求める音のイメージに基づくものであり、その方法論や技術的アプローチの核にある考えはコンセプトと言えると思います。
2つめは、視聴スタイルそのものを新たに提案するというものです。視聴スタイルにおけるオーディオ史上最も大きなイノベーションは、良質の音楽を歩きながら聴こうというコンセプトの提示ではないでしょうか。1979年のソニーが初代ウォークマンを発表することがなければ、現在電車の中で多くの人が小型ヘッドホンを耳にしているという当たり前の光景すら存在しなかったかもしれません。
さらにはポジショニングというのもコンセプトのひとつにあるとは思います。商品のサイズ感やグレード感、価格帯そのものが商品開発の出発点になることもあるということですが、これは今回は外しておいて良いかもしれません。

DMP-Z1とはどういう商品?

DMP-Z1をあらためて説明しますと、ヘッドフォンで音を聴くことだけを目的として、できうる限りの物量を投じながら、目的に沿わぬものすべてを徹底して省いた、バッテリー駆動形のハイレゾプレーヤーつきアンプです。
想定する利用シーンとしては、持ち運んで移動した先に設置して楽しむ、ポータブルなのに据え置きを前提としたものです。
簡単に特長を並べますと、まずは大容量バッテリーによる駆動。このバッテリーは持ち運びのためでなく、音質を良くするためだけのバッテリーです。そもそも家庭用のAC電源はノイズに満ちているため、巨大なアンプの中には電流を綺麗にする回路が入っています。しかし複雑な電気回路はそれ自体が別のノイズを生み出すため、最もクリーンな電流状態を作る究極の選択としてバッテリーで動かしてしまえということです。
こちらのバッテリーはデジタル段に1つ、アナログ段に4つ、計5つのバッテリーを独立して駆動させ、機器内で発生するノイズや干渉を徹底排除しています。
そこまでして電流を綺麗にする理由は、料理を極めたシェフが真に美味しい水を求めることと似ているかもしれません。どんな良い食材や調味料を揃えても最後は水にすべてを左右されてしまうように。
オーディオにおける電源は料理における水と同じで、電流を限りなく純粋な状態に磨き上げることで機器の性能が理想に近い形で引き出されるのです。

音を決定する重要なキーデバイスに外部調達部品を使っているのは良いとして、それを売りにしているのがソニーとしては珍しい気がします。デジタル信号をアナログに変換するDACは旭化成エレクトロニクス性をデュアルで、ボリュームはアルプス電気のカスタム品、内部ケーブルはキンバーケーブルとの協力によるものなど。ボリュームに関しては、ケースの素材やノブの表面処理などあらゆるパターンの試作を作り聴き比べたそうです。
この商品はエンジニアたちが、商品である前に自分たちの納得のために作っていて、全てにおいて音を優先する姿勢がうかがい知れます。
ハイレゾやsacdプレーヤーに高出力アンプとヘッドフォンを組み合わせてもそれなりのヘッドフォンサウンドは楽しめますが、このDMP-Z1が追求したのは余計な一切の機能や部品を省くことによる音響システムの簡潔化・純粋化であり、究極的に閉じた純粋な回路から今まで聴いたことのない音が作れるのではないかとイメージしていたのだと思います。

ということで、実際に音を聴いてみました。

実際にDMP-Z1の実機をソニーストア銀座店で聴いてみました。ファイルは全てハイレゾFlacで、ヘッドフォンはもちろんソニーのフラッグシップMDR-Z1Rです。

試聴リスト
・カルロス・クライバー:ベートーベン交響曲7番
・大貫妙子:しあわせな男達へ
・イーグルス:ホテルカリフォリニア
・キリンジ:エイリアンズ
・小澤征爾:ベルリオーズ 幻想交響曲
・ビル・エバンス・トリオ:ワルツ・フォー・デビィ/枯葉
・ヒラリー・ハーン:バッハ バイオリン協奏曲
・ジョン・コルトレーン:ブルートレイン
・RIRI:RUSH
・LYNX:バッハ フーガの技法
・イゴール・レヴィット:バッハ パルティータ1番
はじめに交響曲を聴いた時に空間の広がりを感じておっと思いました。それからロックや和製ポップス、ジャズなど聴きまして、どれも良い音ですが解像度や音の純度が高まることは実感できますが、その場においては想像を超えた特別の体験とまでは至りませんでした。
それでも途中、おやっと思ったのは小澤征爾:ベルリオーズを聴いたときで、弦楽器が艶やかに空間の中に響き渡るさまが新鮮で、広さも感じましたし、ヘッドフォンでこのような聴こえ方をすることに驚きました。クラシックとはとても相性が良いのだと思いました。
クラシックは再生が難しく、弦楽器やオーケストラなどのアコースティック楽器本来の自然な響きを再生することは至難の業です。それなりの機器が上手にセッティングされ、残響やノイズの少ない部屋で適切なボリュームで再生された上に、こちらの聴く意識が高まることでようやくあるレベルの音楽体験に至ることがあるというくらい、多くの条件を必要とするものです。そのクラシックがいきなりそれらしく響いています。

バロック音楽を聴いて、真価を実感

DMP-Z1に格別なパフォーマンスを感じたのはバロック音楽を試聴したときです。ヒラリー・ハーンのバイオリン協奏曲を聴いた時、とても心に迫るものがありました。バイオリンという楽器の響きがとても美しく自然で、演奏家の技量や集中力も伝わり、さらにはバッハのスコアに込められた思いが三位一体となって伝わってきます。
バロック音楽がハマったことで、続けて室内楽によるフーガの技法、イゴール・レヴィットのパルティータなどを試聴しますが、思ったとおり即座に引き込まれました。スコアに込められたバッハの知性あふれる美意識や深い信仰心、などと同時に現代演奏家が大作曲家へのリスペクトを技と心を持って表現しようという姿勢が重なって感じられ、まるでカソリックの教会に来たかのような心があらたまる感があります。
自分にとって最高のオーディオ体験といえば、「いい音」と感じることではなく、「演奏家や作家の精神をとても高い純度で感じること」だと思います。
作曲家が曲を作った時代背景や曲に込めた思い、演奏家の人柄や集中している様や気配などがありありと流れ込んでくるような音こそ「良い音体験」です。
このような音楽体験はそうやすやすと得られるものではないはずなのですが、DMP-Z1とMDR-Z1Rでバロック音楽を聴くと、ゾーンに入ったかのように意識が高い集中を持って音楽に向かい、様々なイメージが身体に流れ込んできて、魂が高揚します。
マジカルな体験のようで、原理としてはおそらくとても単純なことなのだと思います。まず密閉型のヘッドフォンで外界の音を遮断し、限りなく純度の高い音をノイズレスかつそれなりの音量で耳に流し込んでいるわけです。意識に様々な変化や作用が発生しても不思議ではありません。
録音とは空気振動の記録で、本来耳で解釈している以上に多くの情報(演奏家の気や場の気配など)が含まれていますが、圧縮されたファイルによる再生ではほぼ消失してしまっています。超高解像度再生により隠れたイメージが鮮明に浮かび上がることで、普通の音では感じられない気配や向こうを感じたり出来るようになるのだと思います。加えて、限りなく本物に近い音であることで、脳がリアルな体験をしているかのような認識を勝手にして、想像力が活発になるではないかと思います。
より活発になった脳が、極めて微細な情報をキャッチし積極的にイメージに変換していることで、音楽をより多面的・立体的に感じるのではないでしょうか。

この機器の魅力まとめ

実際にいろいろな音を聴いてみることで、このDMP-Z1の存在理由が少しわかった気がしますし、実際に聴かなければ全くわかりませんでした。これは確かに全く新しいコンセプトの商品でした。
ノイズや振動を限りなく無に近づけ、高い純度+高いゲインでヘッドフォンを鳴らすことで、音楽の深淵を体験させようという発想自体がとても新しく、その試みは大きな挑戦だと思いました。
うまく言えませんが、自分はこの商品体験で仏壇を思い浮かべました。仏壇があるおかげで、亡くなった人と会話ができると言います。魂と向き合う場所ということでしょうか。
このDMP-Z1は音楽家の精神に触れることが出来たり、楽器の特性や楽器作家へも意識が及んだりと、音楽のより深い真実を透かして垣間見せてくれると同時に、より深く聴きたいという意識に応えて返してくれる、音楽とより深く向き合うための(仏壇のような)道具だと思います。
自分の場合、たまたまバロック音楽がきっかけでDMP-Z1の価値に気づきましたが、確かにアコースティックな響きや加工の少ない録音という意味ではクラシックやバロック音楽は隠れた微細情報に気づきやすいジャンルだとは思います。
ただ、それ以外のジャンルも積極的に奥深く聴こうとすれば、今まで見えなかったものが透けて見え、今までにない特別な音楽体験を提供してくれると思います。
興味ある方は、ソニーストアに連絡して、実機に触れてみましょう。
商品写真提供:ソニー株式会社
試聴写真は筆者撮影

この記事を書いた人
近藤圭介/デザイナー・アートディレクター
多摩美術大学グラフィックデザイン卒業後、広告代理店に勤務しCMプランニングなどをしていたが、その頃には珍しかったMachintoshがある制作会社へ移動。グラフィックはじめ店舗開発や商品企画などいろいろなデザインに携わる。

ログインする

詳細をお忘れですか?